インタビュー コミュニティをつくるという演劇―準備室について

岸井大輔|聞き手:米光一成  



『東京の条件』は、まちで活動をつくりだすかたちを模索してきました。
プロジェクト『ロビー』(2009年)・『会議体』(2010年)を経て、
2011年は、準備室1として子供のたまり場、準備室2としてシェアアトリエを生み出しつつあります。
それらの誕生の経緯とコミュニティとの関係について、そして、設置場所を公募する準備室3への考えを、
演劇の手法との関連を交えつつ、米光一成さんによるインタビュー形式でお届けします。


準備室1―子供のたまり場




―今年、岸井さんは『準備室』をつくるってことをやっていて、第一弾として「子供のたまり場」[注1]が江戸川橋の地蔵通りにできるんだよね?

岸井 元お豆腐屋さんの建物を、15時から18時くらいまで開けてます。「こどもkichi」って看板出して、毎日違う大人が二~三人いるだけ。それで、毎日十五人くらい子供が来て遊びまわっている。
子供が目的もないのにたまっている場所を普通の商店街につくれたら、現代演劇作品だな、と思っていました。そのために、子供のたまり場をつくりたい大人十人くらいのコミュニティがあればいいと考えたんです。
コミュニティづくりのために、七回講座をやりました。「子供のたまり場」をやりたい人が受けたい先生を呼んで来て。そうするとクラスメイトになる。さらに「一週間駄菓子屋をやってみよう」とか、実践をはさみます。講座内容じゃなくてコミュニティをつくるのが目的。

―知り合って話しあえる状態を岸井さんがプロデュースしたわけだよね。その人たちは何のためにやってるの? そのモチベーションってどこにあるんだろう?

岸井 それがね、この人たち何が楽しいのか僕にはわからなくて(笑)。でも、みんな楽しそうだしやる気あるんです。それが面白くてやっている。
学校でも公民館でも児童館でもなく、子供が集まる場って実は全国にいっぱいあるんです。で、あちこちの子供のたまり場めぐりをしてみた。いろいろ面白かったけど、何より感銘を受けたのは、博多の「きんしゃいきゃんぱす」。三十くらいの男性が回してるんだけど、彼は大学生のときに、学校の研究拠点として商店街のお店を学生たちでお金を出して借りた。そこを毎日開けて研究してたら子供が遊びにくるようになった。研究が終わって閉めるとき、彼は個人的に、遊びに来る子供たちのために開け続けたいと思った。それで自腹で借りて、放課後になると開けて、夜になると閉めるを十年近く続けているんです。
子供がワーッて来て、いたずら書きしたりとか、彼は別に何かを教えるとかじゃなくて、ただいるだけ。「将来この場所をどうしていきたいとかありますか」って聞くと「開け続けます」と(笑)。彼の気持ちは僕にはわからない。傍からは伺い知れないモチベーションに従って行動し続けてる人がいっぱい集まって、とにかく開けてる。本人にも周囲にも有意義ですが理由はわからない。こういう場は続くし面白いなと思ったんです。

―江戸川橋の「子供のたまり場」は11月末までとあるけど、その先は?

岸井 コミュニティをつくるので、成功した暁には、その人たちは開けないではおられなくなっているはず(笑)。もし続けなかったとして、コミュニティ解散もドラマかな、と。皆さんにお任せします。

―この場所になったのはなぜ?

岸井 まず森恭平[注2]くんが地域活性化コーディネーターという肩書きでこの商店街に住んでいて。ずっといられるわけじゃないから、誰かを育てて譲りたいと彼は考えていて、『準備室』のコンセプトに共鳴してくれた。で、うちのまちでも何かやってください、とお願いされた。
まちを調べてみたら、「子供のたまり場」があうと思いました。まず、商店街のシンボルが「子育て地蔵」。そして、周りにたくさんタワーマンションができて、そこへ越して来た子供連れの世帯が駅に行く途中で通るんだけど、商店街のお店はもうそういう家族向けに商売をするのが難しい。ここに子供が通うようになれば、商店街で親も何か買い物するようになるだろうと。最初は「横丁便」という場所でやってたんですが、商店街の人が空き店舗を見つけて来てくれて、期間限定ですがタダで提供してくださっています。


準備室2―シェアアトリエ




―で今、田原町の準備室2。ここはどういう場所なの?

岸井 『田原町共有作業場準備室』は、シェアアトリエをつくるプロジェクトです。東京には発表する場は沢山あるのに、稽古や絵を描くような準備をする場が足りないという思いが、そもそも今年『準備室』を作ろうと思った理由。アトリエとかオフィスとかの準備のための場所って、個人が自腹でやっていることが多いんですが、やはり大変そうで。多人数でシェアされた方がいいと思う。で、東京のアトリエをいろいろ見て回った。そしたら、うまくいってるところは、シェアする前からコミュニティがあることが多いことに気がついた。たとえば、大学時代の仲良しグループがあって、卒業してからたまる場所がないから一緒に場所借りた、みたいなのはけっこううまくいく。運営の仕組みがしっかりしてるとかよりも、その多人数がコミュニティになってるとよい。すると、問題は、コミュニティをつくれるかどうか。で、シェアスープ[注3]。準備室2プレ企画として、三週間鍋をし続けた。コミュニティを人工的につくる実験です。
さらに、アトリエとかが欲しいと思ってる人たちを鍋に呼ぶ。すると、「この建物何?」って話になる。で「ここはシェアアトリエ・稽古場にしたい」と言うと、「じゃあ私こういう風に改装したい」「こういう風に使いたい」という話になるだろうと。それが積み上って自分が提案した形になったらその人は定着するだろうと思うので、コミュニティがデザインしている場所になるだろうという計画です。
去年の『会議体』[注4]が仕組みベースだとしたら今年はコミュニティベース。コミュニティの場合、何か問題が起こったとき、関係を壊したくないというモチベーションがあるから、徹底的に話し合う理由があり、そうしてコミュニティが育っていく。コミュニティがなかったら出てって終わりだし、もっと条件のいいところを探しに行きますよね。

―三週間より後はどうなるの?

岸井 この鍋をしている部屋は、「シェアこたつ」[注5]として、五十人が毎月千円を出し合って維持する部屋になります。そしてここは寝室。それ以外の二階の部屋はすべて壁を壊して広いスペースにします。今年の調査で、誰かが熱心に作業をしているとその熱が伝播するということがわかったので、作業場もできる。そこで「まね部」という習い事の部活もやります。何か教えたい人と、何か習いたい人を募集していく。

―そこにあるまち的な喜びとは?

岸井 地域の人たちが「俺たちの」って思っているようなアトリエにしたい。ここで発表はしないけど、ここで描いているということが嬉しい、とまちの人が思うようなアトリエにするのが大事と思っています。まちの名前がついている劇場や美術館は、まちの人が自分たちの物と感じていいはず。でも特に日本の場合、そういう場所は「俺たちのものではなく、行政のもの」と思っていることが多い。自分の家のことのようにパブリックスペースで起きていることが地域に愛されることが目標だと思うんです。
田原町は職人のまちで、物つくってる話が理解されやすい。さらに、芸大のある上野とか秋葉原に近く、手作業の人が来やすいんじゃないか、と。地域性として、アトリエはいいんじゃないかと読みました。畳屋さんみたいな、まちの人に見えているところでつくるところです。

準備室3―公募

―第三弾は?

岸井 あなたのまちにあわせて作ります、と募集したい。

―PLAYWORKSがコミュニティをプロデュースするってことだよね。例えばどういうコミュニティを想像している?

岸井 まず考えられるのは、コミュニティのための場づくり。掃除用具がいっぱいのまちの掃除道具置き場とか(笑)。合唱教室や社交ダンス教室。神輿の格納室がなければつくりたい。祭りの準備に、若者が出入りするように。あとは、球団とか。

―基本的には行ってみて、まちを見て、提案すると。商店街で、店はやってるけど、年金もらって、地域の常連さんとのんびりやってられればいいっていう人も多いでしょう。一方、その上の、いわばシムシティ[注6]レベルの人たちは、活性化しないと困る。そういう差があると思うけど。

岸井 僕に仕事を頼む人は、多分どっちでもないと思う。
たとえば、僕が想定するのは、自分が育ったまちに住んでる二十九歳のOLさんで、子供の頃から通るまちを歩いてると、シャッターが閉まった店が多いのが気になる。僕が妄想するに、彼女は、きっと、商店街で何かイベントがあると、ボランティアで参加してたりする。で、商店街の人の話を聞いてみると、商店主の人たちは、今までのお客さんを大事にしてのんびりやればいいとか、大安売りをやればいいとか言う。それはわかる。でも何か違う。で、彼女はきっとシムシティレベルの、たとえば役所の人たちの話を聞きにいく。「バスロータリーをつくる」とか言われる。で、まあ、それもわかる。でも、彼女が言いたいのは、本当はそういうことでもない。彼女の目線はきっとシムシティレベルだけど、個人店主よりも力はない。で、僕は、まちのリアリティはそういう人にこそあると思う。
この依頼主の問題を解決する方法とかプロジェクトが何なのかは、よく見てみないとわからない。だから依頼の時点では何のビジョンもないでしょう。そういう人に呼んでもらえるのが一番嬉しい。
今、一住人であるOLさんを例に出したけど、行政の人でも、商店主でもマインドがそういう人は沢山いる。で、そういう人が、まちをすごく愛していることを僕は知っている。個人的に「あの商店街がなくなると寂しい」と言いたいのに、仕方なく、「バスロータリーつくろう」って企画書を書いてる役人さんとかに呼んでいただきたい。いろんな場所でそういう矛盾と向き合ってきた経験があるのでお役に立てると思います。

―のんびりやりたい商店主の人たちや、行政の人からすれば、「何かやろう」とよそ者が来ていることになると思うんだけど。そこの調整はどうするの?

岸井 何かやってる人が、そのフィールドを全く愛してないなんてことはないわけです。ましてや、調整が必要な人は、必ず愛情に裏付けられてる。だから、調整は基本的には愛情と愛情の、なんだと思っています。もちろん簡単ではない。でも、演劇は、全く違う立場の人同士がどうやってよいものをつくるかってことをずっとやってきたジャンルだし、利害が対立した愛情や立場の葛藤の美しいおさめ方について研究して実践を積んで来たわけです。

―対立してればまだいいけど、「対立したくはない」という状況のときは?

岸井 でもそこで黙ってる人たちは意見がないわけじゃない。それぞれのつぶやきを拾っていって、どう表象させるかも演劇の問題。出て来たものを束ねていって、新しいストーリーをつくっていく。小さい声の方がむしろありがたいです。今回は東京文化発信プロジェクトとしての実施なので予算の心配もないわけですから、普段だったら呼び得ないような人が呼んでくれたら。

―「うちの店あるからつかってよ」って人は呼びやすいと思う。ただ、行政でも商店主でもない、普通のそのまちのマンションに住んでいて、ちょっと遠めのとこに通ってる人は、「うちのまちももう少し面白くなったらいいなあ」と思っていても、まちにコミットできてないから、呼びにくいんじゃない。

岸井 それでも構わない。今の日本では、「うちの店つかってよ」って人よりも、「帰ってくるのは夜寝るためだけなんだけど、でもこのまちのことが気になってる」って人の方が多いと思うんですよ。駅前がタワーマンションに埋め尽くされている風景をたくさん見ます。そういう人たちだって、自分が子供を育てたりしていく中で、地域との関わりが欲しいと思っているはず。でも現状は有効な手だてはなかなかないでしょう。そういう状況にこそ関わりたい。

―でもまだ、ぼんやりした不安とかから、わざわざ人に会いに行きにくい。

岸井 「そういう不安を聞きます」っていうのはどうでしょう。今回、『東京の条件』として採択させていただくのは一件だけです。だから「岸井が来るのは正直ないだろうが、ちょっと気になるので、うちのまちを一緒に散歩したい」とか「話をしたい」とか。
僕は「うちのまち何もないです」って言葉が大好きで。というのは、何もないまちなんてあり得ないので。「うちのまちは何にもないんだけど、なんとかねー」って言ってください。

2011年10月24日 準備室2
構成:羽鳥嘉郎、協力:印牧雅子

準備室3 設置場所 募集!


    (1)準備室1
    『子育て地蔵子供基地(仮)』
    https://sites.google.com/site/jizoterakoya

    (2)森恭平(もり・きょうへい)
    1988年長崎市生まれ。現在、江戸川橋「地蔵通り商店街」活性化コーディネーター、静岡県浜松市たけし文化センターINFO LOUNGE(クリエイティブサポートレッツ)スタッフ。「呉福万博」元代表。『東京の条件』サイトにトーク「地蔵通り商店街と森恭平」の記録が掲載されている。
    http://tokyocondition.com/?page_id=1071

    (3)share soup three weeks
    http://tokyocondition.com/sharesoup

    (4)会議体
    たまたま集った五人でそれぞれが持ち寄った問題について会議し、その場で解決案の実行まで進めてしまう『会/議/体』は、劇作家・岸井大輔の集団創作の方法論に従ってデザインされた会議法。どんな結果が出るかわからない場を模索する参加型演劇作品として『東京の条件 2010 会議体』を象徴するものであり、会議のディレクション(戯曲)を示すコンパクトなプロジェクトアートとして試みられた。『会/議/体』で提出された個人的問題を解決していく中で、様々なイベントが派生する。『会議体』は、そうした未生の場において何かの成果が生み出されるまでのプロセスを公開することで、美しい運営とは何かを提起・発信した。
    http://tokyocondition.com/2010

    (5)シェアこたつ
    http://tokyocondition.com/sharekotatsu

    (6)シムシティ
    ミニスケープと呼ばれるコンピュータゲームの一つで、プレイヤーが市長となって街を運営していくことを目的としている。1989年に第一作『シムシティ』が発売されて以来、多くのシリーズが開発されている。


    米光一成よねみつ・かずなり
    ゲームデザイナー/インターフェイスデザイナー/電書部部長。代表作は、ゲーム『ぷよぷよ』『バロック』、本『仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本』、電書「電子書籍宣言」「電書フリマへの道」など。
    http://blog.lv99.com